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食堂でフラッシュバック

Category : ランチの部
東村山市のある食堂に初めて行って来ました。

まったくの昭和レトロのような建物に、今から40年近い前の大学生時代に通っていた東京狛江市和泉多摩川の定食屋さんを思い出しました。
小田急沿線は大学が多いので、大学生や就職したての独身男性が対象の大衆食堂でした。

半世紀以上前なので、お店の名前は忘れてしまいましたが、お世話になった事は良く覚えています。

この定食屋さんは夫婦で経営し、時々外で働いている私よりちょっと年齢が上のお嬢さんが休日にはお店を手伝う、典型的な家族経営でアットホームなお店でした。
お嬢さんが女将さんに似ず細見の美人さんでしたから、通っていた学生には看板娘さんになっていました。


貧乏学生でしたから、実家から送ってもらったお米で自炊していましたが、学生が作るのはせいぜいカレーライスか目玉焼きに野菜炒め程度です。
同じメニューしか作れませんから、時には外食もしたくなります。

銭湯に行った後にたまに寄るのが定番となり、毎日は行けませんが準常連さんのような感じでした。


普通は夕方に行っていましたが、お昼に行ったある日の事でした。

理由は思い出せませんが、何かの拍子に味噌汁をこぼしてしまいました。

運悪く、別のテーブルのご婦人の足元を味噌汁の汁で汚してしまいました。
直ぐにご婦人にお詫びしたら、お店の女将さんが気づき汚れふきのおしばりをご婦人に渡し一緒に謝って下さいました。

そして、私にお代りの味噌汁を無償で出して下さったんです。

有難かったですね。本当の家族のような対応をして下さいました。


今から36年前の1978年4月に旧社のL社に就職した際に、住んでいた和泉多摩川のアパートを引き払う際に最後のご挨拶をしておりませんでした。

松本市に新人として赴任しましたが、気になっていました。
なので私が数か月後に休日で上京した際にお店に行って、遅ればせながらお世話になった感謝の言葉と、就職出来た事の報告をしに行きました。

その時の事を今でも鮮明に良く覚えています。


お店に入ったら休日のお嬢さんが手伝っていて、開口一番 『久し振りですね。今までどうしていたの?』と聞かれました。
就職で和泉多摩川を離れ 現在松本市に住んでいる事を伝えると、お嬢さんと女将さんが非常に喜んでくれました。

そして定食を注文したら、サービスで一品追加して下さいました。

【就職祝い】の意味合いだったと思います。
嬉しくて涙がでそうになるのを堪え、美味しく頂戴した記憶があります。

良き青春時代の思い出です。この時の事はおそらく一生忘れないと思います。

その時の事がフラッシュバックしたのが、冒頭に書いた東村山市の食堂でした。

一年前に仕事で近くに行った際に、あった思える場所を見渡しましたがありませんでした。
『和泉多摩川駅 南口 定食屋』でネット検索しましたが、ヒットしません。

当時で50代でしたかから、おそらく。。。


大学四年だった思い出の『岸辺のアルバム』(きしべのアルバムは1977年6月24日から9月30日まで放送されたTBSのテレビドラマ。)の画像を挿入させてもらいます。
40年前の大学一年の時に、私も実際に見た1974年9月の台風16号での被害があり民家が流出しました。
この多摩川水害が背景になったドラマで、原作・脚本:山田太一、製作:大山勝美と当時の一流が作成しました。

YOU-TUBEの画像と音楽はこちらから。 U-TUBEの画像と音楽はこちらから

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蕎麦打ち

Author:蕎麦打ち
ヨーロッパでは『JAPAN』といえば漆器の事です。
実家の亡き父が漆器職人・継いだ兄が伝統工芸士の環境に育ち、伝統と文化を愛しつつ、新しい事やチャレンジも好きな日本のどこにでもいるサラリーマンです。
その日常を【市井の人】として、平均的中年お父さんの目線から、好きな事や興味がある事を中心に綴ります。
デジカメ:RICOH
GR LENS A12 28mm F2.5
LENS A16 24-85mm F3.5-5.5
CX3
GR LENS A12 50mm何時か欲しい
携帯:PANA

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