2016年「甲子園塾」が生んだ初の日本一監督

Category : 甲子園 から学んだ事
朝日新聞のネット版をそのまま引用させてもらいました。

小針崇宏さん  

作新学院の小針監督



 母校を甲子園で頂点に導いた。「選手の気持ちがここまで野球に乗り移るとは思わなかった」と目を潤ませた。

 1年前、「お前らみたいなチームが日本一になるんだよ」と選手に言い聞かせた。スターがいるわけではない。でも、上手になりたいという気持ちは、これまでのどのチームにも負けなかった。「夏まで伸び続ける」…


 33歳で54年ぶりの名門復活を果たした作新学院の小針監督。日本高野連が開講する指導者講習会「甲子園塾」の受講生として初の日本一監督となった。

動画もニュースも「バーチャル高校野球」

 2008年に始まった甲子園塾は原則、教員歴10年未満の若手とベテラン指導者が寝食を共にし、指導のあり方などを学ぶ。小針監督が参加したのは09年冬。故・尾藤公さん(元箕島監督)、山下智茂さん(元星稜監督)らが講師を務めた。

 小針監督は09年夏に甲子園に出場したが、初戦で敗退。すでに体調を崩していた尾藤さんから「選手に意思を伝えるように」と助言され、ミーティングをよくするように。そして、11年から連続出場が始まった。

 山下さんは「講習会での小針君は、目の輝き、情熱がすごかった」と当時の様子を鮮明に覚えている。

 指導者の情熱――。これなくして、名門復活はなかっただろう。(吉村良二)


こういう熱い監督さんがいてこその全国制覇。

まだまだ日本の教育は、多くの日本人に共感と感動を与えてくれます。

高校野球・スポーツ・復興

Category : 甲子園 から学んだ事
がんばろうTOUHOKU  頑張ろう熊本 九州ロゴ

何時か行きたいと思っている夏の甲子園。

2016年春 第88回選抜高等学校野球大会は、一ケ月前に終わりました。

平成28年3月20日(日)から3月31日(木)までの12日間(準々決勝翌日の休養日を含む)、阪神甲子園球場で開催されました。
10回目の出場で初の決勝戦に進んだ智辯学園(奈良)が、26回出場で56年ぶり3度目の優勝に挑んだ高松商(香川)に延長11回、2-1のサヨナラで勝利し、優勝を飾りました。

個人的には 県立高校&商業高校 という共通点から高松商を応援していましたが、栄冠は智辯学園に輝きました。


気になった監督さんの優勝インタビューや優勝までの経緯を、何度か このブログでも朝日新聞記事から借用させてもらいました。

2014年夏:大阪桐蔭 西谷浩一監督 『「受け身のチームは勝てない」とミーティングは選手の自主性に任せた。』

2013年夏:前橋育英 荒井直樹監督『当たり前のことを当たり前にやる「凡事徹底」を信条に基本を根気強く指導し、「ごみを拾う子は、捨てる子にならない。」』

2011年夏:日大三高 小倉全由監督『選手に対しては、外に出ても普通に挨拶ができる人を育てたい。監督の見ていない所でしっかり挨拶ができる人を育てたい。 』

2010年夏:能代高校 今畠寿樹監督『気持ちの優しい素直な子供達を育てる。』軟式全国大会。 

2010年夏:沖縄興南 我喜屋優監督『野球に限らず、約束事を守れ、小さなことでも全力でやれ、と言い続けてきた。小さいことを見ようとしない人には、見落としがいっぱいある。小さいことに気づける人には大きな仕事ができる。』

数行の言葉の中に、非常に深くて重い内容の教育の指針・方向性が表現されています。

2011年春:選抜高校野球開会式での岡山県創志学園 野山主将による選手宣誓は心に響いた言葉でした。

『私たちは16年前 阪神淡路大震災の年に生まれました

今 東日本大震災で多くの尊い命が奪われ 私たちの心は 悲しみでいっぱいです 
被災地では すべての方が一丸となり 仲間とともに頑張っておられます

人は仲間に支えられることで 大きな困難を乗り越えることができると信じています

私たちにできること それはこの大会を 精一杯元気を出して戦うことです

頑張ろう 日本 

生かされている命に感謝し 全身全霊で 正々堂々と プレーすることを誓います』


今回も朝日新聞のひと欄から、全文を借用させてもらいました。
(産まれた時から実家の購読紙は朝日新聞で、60年以上の購読ということでご勘弁下さい。)

(ひと)小坂将商さん(こさかまさあき38歳) 選抜高校野球大会で初優勝した智弁学園の監督

小坂将商さん 小坂将商さん2


持ち前の観察眼が生きた。決勝の延長十一回。球筋の変化に気づき、打者に狙い球を指示した。サヨナラ安打。智弁学園(奈良)は春夏27回目の甲子園で初優勝だ。

 和歌山県出身。智弁学園の主将として1995年夏の甲子園で4強入りし、法政大でも主将を務めた。松下電器(現・パナソニック)を経て、2006年に母校の監督に就任。社会人仕込みの技術を選手に徹底的にたたきこんだ。

 怒ってばかりでは選手が萎縮するよ、と妻の恵美(えみ)さん(37)にたしなめられても「これくらいやらな、あかんねん」。就任翌年に夏の甲子園に出場。11年夏には8強に入った。だが、その後は出場しても、1、2回戦で敗退が続く。

 選手の意識改革には、上から目線ではだめだと気づいた。口下手ながら積極的に話しかけた。年数回、選手とバーベキューをする。「あいつ彼女できてん」と選手の内緒話を妻に披露できるように。監督の物まねで笑いをとる選手まで現れた。もう、打ち解けた。

 観察眼は「心」にも届くようになった。昨秋の試合で強豪校のユニホームを見て選手がたじろいだことに気づいた。冬、あえて「日本一」を言葉にして掲げた。選手に厳しさや自主性が芽生えた。

 試合後、整列した選手を潤んだ目で見つめた。「これまでの積み重ねで今があるんだと思います」

 (文・菅原雄太 写真・西畑志朗)


「背中にいつも上村先生」智弁学園、師弟でつかんだ ... - 朝日新聞デジタル
運び出されたのは同校の上村恭生監督(当時39歳)。体調不良をおして采配をふるったが、試合後に激しい吐き気をもよおしたためだ。神経性胃炎だった。

 監督にかかる重圧はこんなにもすごいのか。ストレッチャーに横たわる上村さんを見送り、そう思った記憶がある。

 野球にも生徒にも真っすぐ向き合う人だった。言葉づかいなど私生活から指導し、愛情を注いで生徒を育てた。

 上村さんはしかし、2005年12月に46歳の若さで他界する。後を継いだ教え子の小坂将商(まさあき)監督(38)のもと、智弁学園は今春の第88回選抜大会で、春夏通じて初の日本一になった。準決勝、決勝は2試合続けてサヨナラ勝ち。劣勢でも勝負を諦めない選手たちの姿勢に、上村さんの教えが今も息づいていると感じた。

 「背中にいつも上村先生がいると思っているので」と、小坂監督は言った。恩師とともにつかんだ優勝でもあった。(以上で引用終わり)


智辯学園の二人の監督の言葉を要約すると、『上から目線ではだめだと気づいた。口下手ながら積極的に話しかけた。』、『言葉づかいなど私生活から指導し、愛情を注いで生徒を育てた。』


今回から カテゴリーに『甲子園 から学んだ事』を加えました。

共通している事は野球というスポーツの技術面以外に、将来 誰もが大人になり社会人として成長していく多感な時期の高校生の過程で、人間教育をしている事です。
結果的に社会への適合性を高まります。

スタッフの仕事が前職時代から20年続いている私は、監督という仕事ではありませんが、主役のメンバー(営業マンや営業事務・業務)の為に何を出来るかを改めて感じています。

そしてスポーツの目の前の事に全力で向き合う姿勢が、東北がそうであったように、九州でも被災者を勇気付けています。

女子プロゴルフは先週は九州での開催予定でしたが、地震の影響で中止となりました。
今週のフジサンケイレディスクラシックでは、熊本県菊池郡出身の笠 りつ子選手が現在トップに立っております。

今日は彼女を応援したいと思います。

笠 りつ子選手K310764  結果は  大山志保選手

蕎麦打ちの定例会で蕎麦を打って食事した後自宅に戻ると、丁度TV中継をスタートした時間でした。
笠 りつ子選手が二位で、宮崎県出身の大山志保選手の大逆転優勝となりました。

大山志保選手のコメントは、

『熊本は高校時代など7年間いた土地。第二の故郷と呼べる場所です。今日も熊本のためにも一生懸命頑張れた。一日でも早く復興し、元気になってもらえるよう、皆さんを支えていきたい。女子プロゴルファー全員で力を合わせ、支えていきたい。一歩一歩頑張りましょう』と被災地に向けてメッセージを送った。

しかも、『熊本地震の被災者支援のため、優勝賞金1440万円を全額寄付する意向を示した。』そうです。

 プロスポーツマンとしての、ファンや地元に感謝する思いが伝わってきました。素晴らしい。

私を含め笠選手を応援した方は多かったかもしれません。
残念でしたが、同じ九州出身者の優勝でほっとしている方も多かったのでは。(日本人特有の判官びいきかも。)

それにしても大山選手の後半のゴルフは凄かったです。
日々の鍛錬と集中力がないと、あの場面でのミラクルショットは生まれないはずです。

ゴルフの神様は努力した人と、熊本に縁がある人に栄冠を与えたんだろうと、勝手に推測させてもらいました。

2014年高校野球

Category : 甲子園 から学んだ事
何時か行きたいと思っている夏の甲子園。


何度か このブログでも気になった監督さんの優勝インタビューや優勝までの経緯を、朝日新聞記事から借用させてもらいました。

2010甲子園夏の優勝監督  沖縄興南高校 我喜屋 優監督 の。
『野球に限らず、約束事を守れ、小さなことでも全力でやれ、と言い続けてきた。小さいことを見ようとしない人には、見落としがいっぱいある。小さいことに気づける人には大きな仕事ができる。』

2011甲子園夏の優勝監督 日大三高の小倉 全由監督 の、
『練習では選手を褒めて伸ばす指導が基本で、試合で失敗した選手には挽回のチャンスを与える。
・自分の弱み・悩みを正直に伝え、選手との距離感がない。』

有名人なので、こういう講演での自己紹介や内容のポイント次のようです。
【☆ 大人が、まずしっかりしないと子どもはついて来ない。 】~日大三・小倉監督の講演より


2013甲子園夏の優勝監督 前橋育英の荒井直樹監督 の、
『ごみを拾う子は、捨てる子にならない。』


高校野球は硬式の甲子園だけではありません。
もう一つの高校野球 軟式の全国大会があり、全国高等学校軟式野球選手権大会として高野連主催で毎年開催されています。

2010年の優勝監督 能代高校今畠 寿樹監督 の、 指導方法はユニークでした。

雪国のハンディを跳ね返し、しかも練習環境がまったく普通の県立高校の優勝はある意味快挙だと思います。


職場の野球好きの元高校球児(今も40代で草野球の現役)Kさんが、夏季休暇を利用し観戦に行ってきたようです。
残念ながら関西校同士の対決で当日券は完売で入場出来なかったとの事。


今年は台風の影響で二日間順延となり、11日の開幕戦は埼玉県代表の春日部共栄が、春選抜の優勝校 龍谷大平安 (京都) に勝利し、大きなニュースになりました。

私の出身県代表の角館 (秋田) は、15日に先取点を取るも初戦敗退。
家内の出身県代表の日本文理 (新潟) は、初戦をもぎ取りベスト4まで進出しました。
春日部共栄は福井の敦賀気比に敗退しました。


日曜日に三重高と大阪桐蔭高が決勝に勝ち進むのをTV応援しました。

三重高校メンバー 大阪桐蔭メンバー

試合前のインタビュー記事では、
三重高の中村監督は、『決勝だからと言って特別なことは出来ない。野球を楽しめ。』とのリラックスモード。

大阪桐蔭高の中村主将は、『金と銀は、やっぱり違う。ここまできたら、日本一を目指そうぜ』と盛り上げムード。

さて 結果はどうなりますことやら。


決勝が13:00から始まり、最終的に優勝校は大阪桐蔭高でありました。
圧倒的な攻撃力で、相手の多少の先取点も覆す底力は本当に見事でした。
全国高校球児の頂点 おめでとう御座います。

三重高の皆さん、準優勝おめでとう御座います。
投手の今井君を中心とした守備力と、安定した攻撃力での初の決勝進出でした。

西谷監督さんのインタビューから学んだ事は?

大阪桐蔭西谷監督

今朝の朝日新聞の【ひと】欄に、こうありました。

『チーム作りについて主将・副主将と意見交換するノートを作った。タイトルは「日本一への準備」。
自分にプレッシャーをかけようと「日本一」と何度も口にした。
「受け身のチームは勝てない」とミーティングは選手の自主性に任せた。』

高度なプレーの裏には、監督の見えないところで結束し、練習を積んだようですから、任せる事の大事さを学んだ方が多いのでは。

箱根駅伝2014 と 甲子園

Category : 甲子園 から学んだ事
土曜の昨日朝は、仕事で八時前にJR立川駅の改札を出ました。
改札前にはお揃いのユニフォームの大学生で大混雑。

箱根駅伝の予選会が立川であり、70校以上の駅伝部員と関係者・応援者が溢れていたんです。

箱根駅伝2014予選会

私の母校は2013年度は予選会で10位以内に入れなかったのですが、今回は7位で予選会を通過しました。
来年の正月はTV応援か、それともゴールの大手町に行って見届けようかという 楽しみが増えました。


2013甲子園夏の優勝監督 前橋育英の荒井直樹監督は、

「自分たちがやってきたことは間違いじゃなかった。非常にうれしい」。次男の海斗主将を擁したチームで初出場初優勝を決めた直後、喜びを率直に口にした。

前橋育英の荒井直樹監督


当たり前のことを当たり前にやる「凡事徹底」を信条に基本を根気強く指導し、
『ごみを拾う子は、捨てる子にならない。』

荒井海斗主将の父が監督・母が寮母と、私生活でも規則や時間を守る事を徹底的に教えています。
野球から離れても困らない、社会人教育になっています。


野球も駅伝も選手が主役ですが、それを支える多くの家族・スタッフのサポートで競技が成り立っており、その成果が観客にも多くの感動を与えます。
団体戦は主役と脇役がいて、チームワークやコミュニケーションの優れたチームが優秀な結果を生むのは当然な結果です。

そして今スタッフの仕事の私は、主役のメンバーの為に何を出来るかを改めて感じた朝でした。

学びました!!Ⅱ

Category : 甲子園 から学んだ事
毎年の夏の甲子園の決勝はTV観戦しており、今年は心情的に東北は青森の光星学院を応援しましたが、西東京代表の日大三高の圧倒的勝利で幕を閉じました。

優勝監督のインタビューや、新聞の『ひと 欄』でその人なりを学ぶ事が好きです。

去年優勝の 沖縄興南高校 我喜屋監督さん から学んだのは。
興南我喜屋監督

『野球に限らず、約束事を守れ、小さなことでも全力でやれ、と言い続けてきた。小さいことを見ようとしない人には、見落としがいっぱいある。小さいことに気づける人には大きな仕事ができる、と』
練習中は基本の基本を常に言い続けていると思います。

今年の優勝校 日大三高は今立ち上げ応援に行っている相模原と隣接する町田市にあり、通勤途中で時々三高球児を見かけます。

小倉 全由監督さんから学んだのは。
小倉 全由監督さん ひと

・練習では選手を褒めて伸ばす指導が基本で、試合で失敗した選手には挽回のチャンスを与える。
・自分の弱み・悩みを正直に伝え、選手との距離感がない。

結果 「父親以上の存在」「日本一の監督であることを証明したい」。と慕う選手は多い。

こういう自己紹介や講演をしているそうです。
☆ 大人が、まずしっかりしないと子どもはついて来ない。 ~日大三・小倉監督の講演より~】より引用させてもらいます。

私は、周りの方や選手から違うと言われそうですが、自分は褒めて育ていく方の人間です。

選手に対しては、外に出ても普通に挨拶ができる人を育てたい。
監督の見ていない所でしっかり挨拶ができる人を育てたい。


◇挨拶を大事にしている。◇

挨拶には、こういう意味がある。

20代は、強制だった。意味が分からなかった。

30代で気付いたのは、挨拶をすることにより、他人が自分を良く見てくれる。

40代で気付いたのは、

・自分を明るくする。

・相手の心を動かす。

・心と心を交わす。

心で言ったら、心で返って来た。

挨拶から生まれる出会いがある。挨拶から、心と心の「和」を知った。

心が豊かじゃないと、選手には伝えられない。だから、挨拶を大切にしている。

心があれば、事件や事故はないし、悲しい言葉も出ない。

教えてあげれば絶対に分かってくれる!!(※押し付けるというニュアンスでは全くなかったです。)
昔に比べて、今の野球の方が高度になった。でも、我慢すること、ルールを守ること高校生になってもあまり分からない子はいる。だったら、分からないことは教えよう。

風呂掃除、トイレ掃除、きれいにすることの素晴らしさを監督自ら動いて、身をもって教えている。

以上が引用でした。

去年の我喜屋監督さんに共通する事ですが、挨拶や掃除などの日常の基本生活を大事にしている点は同じです。

私もこういう事を今の仕事で大事にしていきたいと思って行動しています。


もう一つ学んだ事は日大三高HPに、学校長の堀内さんが『日大三ブログ -今-』と題したコーナーを持っている点です。

最近では企業TOPがNETで社員や顧客向けに、ブログ発信するのも珍しくなくなりました。

高校の校長先生も発信する事で、生徒・父兄・OB・近隣の皆さんとの距離を縮めているんですね。

長くなりましたが、今年の優勝監督さんから学んだ事で、仕事仲間に伝えようと思っています。
(教えてあげる という発想では、押し付けになってしまいますから。。。)
プロフィール

蕎麦打ち

Author:蕎麦打ち
ヨーロッパでは『JAPAN』といえば漆器の事です。
実家の亡き父が漆器職人・継いだ兄が伝統工芸士の環境に育ち、伝統と文化を愛しつつ、新しい事やチャレンジも好きな日本のどこにでもいるサラリーマンです。
その日常を【市井の人】として、平均的中年お父さんの目線から、好きな事や興味がある事を中心に綴ります。
デジカメ:RICOH
GR LENS A12 28mm F2.5
LENS A16 24-85mm F3.5-5.5
CX3
GR LENS A12 50mm何時か欲しい
携帯:PANA

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